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【コラム】釣果主義の虚しさと、合理的になりすぎて失うもの。

 

コラムです。というか単なる愚痴なんだけどねw
最近は釣りをやっていても心が死んだように動かないから、何でなのかなーどうしてなのかな〜って考えてる。
ここらでちょっと、やっていて楽しい釣りのことを書いてみる。
僕が今までやっていて楽しかった釣りは、トップウォーター。
なんでかっていうと、やっぱりバイトが見えるからっすね。
今朝もポッパーに小バスが出たけど乗らなかった〜^v^;でもバイトが見えたから満足。

 

あとやっててまぁまぁ楽しいのは底物系、打ち物系の釣り。
ピッチングってなんだか楽しいんですよね、理屈ぬきにして。
あと、操作系全般の釣りに言えることなんだけど、やっぱり自分で操作して、動きを演出して口を使わせるっていうのは、
ルアーフィッシングの醍醐味だと思うんだよね。

スピナーベイトやクランクベイトとかのリーリングベイトは、どうしても単調になりがち。
まぁ自分でアクションをつけてもいいんだけど…いわゆるフィネス的な使い方っていうのかな?
巻いていて、途中でストップかけてフォールさせたりするのもいいんだけど、毎キャストそれやってちゃめんどくさいw

 

でも打ち物、例えばラバージグやテキサスリグって、アングラーによって動かし方が無限大なんだよね。
だから、扱う人によって釣果が違ってきたりする釣りでもある。そこが楽しい。好き。

そもそも僕は、リールを一定に、同じリズムで巻くっていう作業感のある行為が好きじゃないんすよね。すぐ飽きちゃう。
たまにやるのはいいんだけど、1日ずっと巻いていられるかっていうと、まぁ無理でしょっていうレベル。
前に河口湖でハードベイトを1日中巻いていたけど、「もう無理!完全に飽きた!」ってなっちゃうからねw
要するに、何でも自分で工夫してアクションさせたい欲求が強いんです。

 

だから逆に、ここ最近ラバージグやライトテキサスで釣果が伸びてきているのかもしれない。
それとは対照的に、力入れてやってるクランクベイトとかは、もう全くダメね。
やっていても苦行でしかないし、やっぱりそういうモチベーションを持ったまま取り組んでも結果に繋がらない。
だって、本当にやりたくてやっていることじゃないから。

もう巻物とか完全に自分に向いてない釣りっしょwと感じつつある。

 

大森さんや海外のバスアングラーはクランキンなんつって、クランクベイトを多様する人が多いから、「なんでクランクなんだ?」っていう興味でクランキンを学んでいるけど、さすがにもう限界がきているw
キャスティング自体は好きだからいいんだけど、釣りの内容が退屈。
投げて、巻く…って、さすがに僕には続けられない。
だったら、まだベイトフィネスとかで操作系の釣りをやっていたほうが楽しめる。

 

______________

釣ろう<楽しもう

 

じゃあ、そうまでして何で(自分にとって)つまらない釣りに取り組むのかというと、やっぱり成長したいからっていう思いがあるから。
でも、何だかクランキンに取り組めば取り組むほど、まぶたがピクピクしたり、胃が痛くなってきたりする。
…もうやめろよってことなんだろうね(笑)
僕の悪い癖で、「やらなくていいことを我慢して取り組み続ける」っていうところがあって、まぁそんな性格だから病んだりするわけなんだけど(笑)、さすがに修行みたいな釣りはもうたくさん!って思いつつある。

 

今朝も釣りに行ってきたんだけど、野池のトップパターンを模索していて、ポッパーとかでバシャーン!っとバイトがあるわけ。やっぱりね〜…、そういう釣りがやってて楽しいよね。
スモラバとかネコリグでシェイクしまくる釣りもいいかもしれないけど、やっぱり何というか、トップやってると「これぞバスフィッシングだぜ!」っていう気分になる。

 

ここ最近はライトテキサスとかで喰わせの方向に行っていたけども、楽しいな〜と思える釣りをやるのが、実は1番だったりするんですよ。
もちろん、釣果を捨てろ!っていうことじゃなくて、なんだろうな、結果ばかりに囚われずにもっと柔軟に楽しもうよってことなのかな。

 

「釣ろう釣ろう」とするんじゃなくて、「楽しもう!遊ぼう!」っていう方向に意識を持っていきたいわけです。
こういう童心を忘れちゃうと、ついつい無駄に他者より優れていたい!あいつよりも釣果を上げたい!褒められたい!…みたいな方向に行っちゃう。
それが悪いというわけじゃない。
あくまでも「元々なんでバス釣りを始めたのか?バス釣りに何を求めているのか?」っていう、自分の釣りの根底にある部分を蔑ろにし続けると、精神を痛め続けるハメになるよ!ってことを言いたいのです。まぁなかなか難しいけどね、バランスよくっていうのは。

_______________

結局は自己満足

 

40cm、50cmの魚を釣ったところで、デカバスが乱発して拡散されているこのご時世、誰かに褒められるわけでもないじゃないですか。
むしろデカいの釣ってると嫉妬とか妬み嫉みがあったり、逆に気持ちよくない。
仲よかった奴が急によそよそしくなって悲しい気持ちになっちゃったり。
釣り人なんて負けず嫌いの人が多いから、謎の対抗心を浴びちゃったり。急に睨まれちゃったり。もう意味わかんないよねw

少なくとも「ええ〜〜!?すごいっすね〜〜!!どうやったらそんなデカいの釣れるんすか??教えてくださいよ〜!」なんてアゲアゲな感じで持ち上げてくれる人なんていない。デカいバス釣った人見たら言ってあげてみてください。めちゃくちゃ喜んでもらえますからw
僕は褒め上手なんで、こんなの全然やっちゃうけどww^q^^q^q^q^^

 

今のご時世、50や60のデカバスを釣ったところで、そこまで珍しいわけでもないじゃないですか。
「アナタハ神デス!」なんて風に崇められることなんて滅多にない。むしろ「へ〜…良い魚釣ったんすね」くらいで終わっちゃう。
「あれ?あんなに苦労してデカバス釣ったのに…」みたいに、自分の達成感と相手が感じてることのギャップに苦しんじゃうことも多い。

 

だからね〜…人に認められようとしてデカバスを釣るっていうのは、何か違うかもな〜って思いつつあるんですよ。
いやね、それが悪いっていうんじゃないんだけど、自分で自分を認められるように、自分で「よしよし、この釣りで釣れたから今日は満足だ」と納得できるような釣りをしていかないと、バス釣りが楽しくなくなっていっちゃうんじゃないかな、ということを言いたいのです。
評価を他人に依存させ続けていると、あるときにフと「あれ、俺って何でバス釣りなんてやってるんだろ…」みたいに、急に虚しさを感じたりするようになっていっちゃう。困ったもんです。

 

ここ最近、ラバージグで釣果が伸びているけれども、ぶっちゃけ虚しい。虚しさ満開。
たぶん、自分が釣りに求めているのはソウイウことではないってことなんだろうね。
最近はマッチザベイトを強く意識しているけど、意識すればするほど釣りをしていて虚しくなっていく。
合理的になりすぎている節もあるし、極力無駄な行為を省こうともしている。
釣りをやっていても、つまんねーなーとも感じてる。

 

で、新しいタックルに手を伸ばす。
1週間くらいは楽しい。新鮮。
うはーwいいロッドを手にした!これで釣りが面白くなるぞ〜!
…で、また飽きる。
この繰り返し。
ゴールがどこにもない。
自分の楽しさが、タックルに依存している感じ?
まぁ、そりゃータックルを買いあさりますわな。
そんで買い物依存症みたいになりますわな。
で、釣りがつまらなくなりますよね。
この繰り返し。

 

何だかなー。
もう釣りはやめどきなのかな〜とか思っちゃったり。
続けたいんだけどな〜…なんか心が虚しさを感じる。
何をすればいいのかな〜

何だかなぁ〜

何だかなぁ〜

 

 

 

 

 

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matatamacoron.com
このブログは残しておきますので、今後もご活用ください。



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