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筋トレに1年間マジで取り組んだけど、”自信”なんてつくわけがないことに気づいた。偽り・本物の自信について。

 

本格的に筋トレを開始してから1年が経とうとしている。

この1年間で何が変わったのかといえば、実のところほとんど実感できていない。
以前より重い物を持ち上げることはできるようになったし、身体つきも少しばかり逞しくなったとは思う。
でも筋トレを通して実感としてあるものは、特にどこにも見当たらない。
しいて言うなら、私生活の中で肉体に受けるストレス耐性が少しついたのと、精神的なストレスにもほんの少し強くなったような気がするくらいだ。ほんの少しである。相変わらず打たれ弱いのは変わらない(笑)

 

巷でよく言われるような「筋トレはうつ病の予防効果があります!」だとか、「筋肉がついて自信がついて、人生観が変わります!」といったフレーズを若干信用して取り組んできたが、こういった効果は筋トレとはまた別の部分にあると、というのが1年間マジで真剣にトレーニングしてきた僕の見解だ。

 

実は、1年ほど前までは毎日のように「死にたい」と僕は思っていた。自殺だってマジで考えるくらい落ち込む日もあった。
こういったメンタルが筋トレによって多少は持ち上がった気がするけれど、筋トレとメンタル面は直接的にはあまり関係ないんじゃないか、というのが僕の実感である。
まぁメンタル的には「死にたい(真剣)」が、「あ〜マジで死にてぇ…(苦笑)」くらいには軽減できたかな、とは思う(笑)

こうして見ると自信がついたからメンタルが回復したんじゃないかと思うが、筋肉がついたからメンタルが回復したわけではないと思う。理由は後述する。

 

ちなみにどれくらい真剣に取り組んだのかというと、ベンチプレスが1年前は40kgでひぃひぃ言っていたのが、MAX70kgくらいなら持ち上げられるくらいには努力した。

体重は気にしない方がいいことがわかったので、最近は体重計に乗らないようにしているが、最後に計ったときは83kgくらいだった。1年前は確か96kgぐらいあったと思う。マイナス13kg。

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筋トレをしていて自信がつく、というのは僕はどうも理解できない。というより説明が少し安直すぎるんじゃないかな、と思う。
「筋トレをして強くなるから自信がつく」のではなくて、「自分を信じて行動を起こし続けることが自信に繋がる」のではないか。

 

人はよく”自信”という言葉を使うときに「自信がある、ない」なんて風に言ったりするけれど、僕にとっての「自信」というメンタリティは、他人より自分が優れているか劣っているかのさじ加減でその度合いが変化するものではないと考えている。
自分が他人より優れていれば自信がつくのか、と言われたら僕個人としての答えは間違いなくNOである。

 

例えば、もし自分が日本ではトップクラスに身体が強くて、ボディビルの日本チャンピオンにもなれるレベルであったとする。
しかし世界は広い。
そんな自分なんてまるで虫ケラの存在に感じさせられるくらいの猛者が、世界中には何人も、何万人も存在している。
偽りの自信と自分の傲慢さに酔いしれているときは自分の身の程が理解できないから、この事実に気づかない。

「自分の実力は誰かより劣っている。それも数多くの人たちよりもだ」

そういった偽りの自信、他人との比較ありきの自信をメンタルに植え付けた人は、この事実を知ったときに自分が今までトレーニングで培ってきた「自信」とは一体なんだったのか、ということにハッと気づく。
正に「井の中の蛙」状態。
昔はそれでよかったかもしれないが、インターネットが発展した現代は、自分より優れた人がいかに数多く存在するかすぐにわかってしまう。

井の中で作られたちっぽけなプライド、偽りの自信はネットの登場によっていとも簡単に潰されてしまうようになった。技術の進歩って怖い。

 

要するに、上を見てもキリがないし、下を見てもキリがないってことだ。

 

じゃあ何で筋トレなんてするの?死ぬ気で取り組んでもプロになんてなれるわけないし、世界のトップになれるわけでもない。

ましてや自分より優れているトレーニーなんて星の数ほど存在すると理解しているのに、何であなたは苦しい思いをしてまでも食事にこだわったり、辛いトレーニングをこなすの?

それはね、自分が立てた目標を達することが、自分の人生を歩む上で価値のある体験になると信じているからだよ。

…あと、わりと筋トレって気持ち良いからやってるの。最早ドMである。

 

「痩せてモテたい!」とか「痩せてみんなに自慢したい!」というような外的なモチベーションは長くは続かない。しかし「筋トレ気持ちいぃ…」とか「自分の身体が変化していくことがマジで嬉しい」みたいな内的モチベーションは長続きすることにも気がついた。

そりゃそうか。だって自分が「やりたい!」と思って取り組んでることだものね。他人の評価ありきの行動ではないから。

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では逆に、自分より劣っている人たちを見て自信をつける、という心理に陥って「偽りの自信」をつけていってしまった人はどうだろう。
これも前述したのと同じように、自分より劣っている人も世界中には何人も存在している。

 

自分より上を見ればキリがないし、下を見ても数えきれないくらいの人が存在している。
「筋肉をつければ自信がつく」なんていう浅はかな思想は、筋トレにガチで取り組んだ人からすれば、単なる客寄せパンダ的、ビジネス的な幻想フレーズであるとすぐに気づく。

 

 

上を見て負けん気を起こして我を見失い、下を見て弱者をあざ笑う者は、自身の傲慢さに振り回されている”見栄っ張りな裸の王様”にすぎない。

 

 

筋トレ、トレーニングで自信などつかない。
というより、正しい方向で取り組まなければ我を見失い、ネガティブな偽りの自信・傲慢さに振り回されるだけになる。
いつも清く正しく美しく、とまでは言わないけれど、自分の身を滅ぼしてまで、あるいは周囲の人たちの笑顔を奪ってまで「偽りの自信」を得ようと躍起にならないように気をつけていきたいものである。

 

自信とは、「自分」を「信じる」ことである。

自分で信じた行動を続けたからこそ自信がつく。

結果ありきではない。行程すらまるまる、自信に繋がる。

トレーナーさんに言われた通りにやって、そこそこ良い結果が出せた。これだけじゃ自信はつかない。
自分の力で多くのことを学んで理解し、自分の判断を信じて、自分らしい結果に繋がった。
自分の思想、考えを信じて実行して、失敗を繰り返しながらもやっと良い結果にたどり着く。
こういった地味〜な過程の積み重ねが、自分自身にとっての本当の「自信」に繋がるのだ、と僕は信じている。

 

 



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