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幸せを感じないのは「不幸脳」が原因だった。メンタル回復するために「幸福脳」を作ろう。認知の歪みを直す。

「幸せとは何か」という漠然とした問題について何年かかけてじっくり考えていたのですが、ようやく自分なりの答えが出ました。

”幸せ”とは、「物事の解釈の仕方」です。「認知の歪み」とも言うかもしれません。

 

そして、その傾向も大まかにわけて2つに分かれることも(僕個人の長年の研究により)わかってきました。
後述しますが、その傾向とは「幸せな解釈をしやすい脳」と「不幸な解釈をしやすい脳」の2つです。

 

例えば、あなたの目の前に1つの赤いリンゴが置かれているとします。
そのリンゴについて、あなたはどう解釈するでしょうか

 

・わぁ〜、おいしそうなリンゴ!
・ずいぶん赤い色をしているなぁ。
・このリンゴの値段はいくらだろうか?
・このリンゴ、いくらで売れるかな?
・なんか嫌な色してるし、腐ってそうだなぁ、腹壊したら嫌だなぁ。
・そういえば昔、リンゴを食べてお腹を下したことがあるっけ…。
・フルーツ嫌いなんだよねぇ。
・このリンゴを誰かにあげたら喜んでくれるかな?
・ちょうど良いから、このリンゴでデッサンをしよう。
・誰かに投げつけて嫌がらせするには丁度良いサイズだぜ…。

…等々、たった「1つの赤いリンゴ」という事実から、人は多くの解釈を得ていきますよね。

事実としては「1つの赤いリンゴ」というだけなのに、どうして1つの事実に対してこんなにも人によって解釈が大きく変わるのでしょうか?
それは多分、その人が過去に経験したことや、教わったこと、外部から得た情報によって自分の脳に刻まれてしまった習性・洗脳(固定観念)、価値観が各々によって違うからかもしれません。これらは「人生経験」とも言われていますよね。

 

人の数だけ”リンゴ”に対する解釈は存在します。
そこには正解などありませんし、そしてまた不正解も存在しません。

だとしたら…。
解釈の仕方で物事の見方が変わるのであれば、意図的に「幸せな脳」を構築していくことができるのではないでしょうか?幸せな方へ物事を考えていくように、自分の脳を育ててあげることができるのではないでしょうか?

というわけで今回は、「幸せを感じやすい脳の作り方」を書いていこうと思います。

(認知療法とも言う)

 

 

_________________

「幸福脳」と「不幸脳」

 

先述した”1つの赤いリンゴ”に対して、ネガティブな要素を多く含んだ解釈をする人がいます。
またそれとは逆に、ポジティブな傾向が強い解釈が含まれている解釈をする人もいます。

これは「どちらが優秀か、劣っているか」という問題ではなく、単に事実として、人が物を解釈する方向性は大まかに分けて2つに分けられている、ということです。

僕はこの2種類の人種のことをわかりやすく説明するために、前者の人間のような思考の方向性を持っている人の脳のことを「不幸脳(ネガティブ寄り)」と呼び、後者は「幸福脳(ポジティブ寄り)」と僕は勝手に呼ぶことにしました。

ニュートラルもあるのですが、それを人は現実的な人間、と呼んだりします(笑)

 

両者の傾向としては、

幸福脳の人→物事のポジティブな面、長所、明るい部分、愛情、貢献の思考をする傾向が強い。

不幸脳の人→物事の悪い面、ネガティブな面、粗探しをする思考の傾向が強い。

になります。

 

しかしこの両者、言い換えてしまうと、

幸福脳の人→脳内お花畑、現実が見えていない、マイペース、人に尽くす、おせっかい

不幸脳の人→向上心が強い、競争心が強い、危機管理意識が強い

とも表現できます。捉え方によってはまるで評価が変わってきます。ですから、脳の傾向的にどちらが優秀で劣っているか、どちらが正義か、悪なのか、では語りきれない部分が出てきます。

要は、「今の自分自身が、自身に満足しているか?自分のライフスタイルは快適か?不快か?」ということが大事なんですよね。

 

というわけで、もし自分が今より少しでも幸せになりたいのであれば、少しずつでもいいから物事に対する解釈の方向性をアゲアゲ↑にしていったほうがよい、と僕は考えます

でも、思ってもないのに無理やりポジティブになるのはダメです。自分に嘘はつかない方がよいです。怪しい自己啓発によくあるような自己洗脳とは違うし、アファメーションなんて絶対やらないでください。脳みそぶっ壊します。マジで^v^;

 

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自分の良い点を再認識する

 

まずは、「全然ダメ…他の人より全てにおいて劣っている…」と思い込んでしまっている脳を、まるで呪縛ロープをほどくかのように、少しずつ自分の「まぁまぁ悪くない(肯定できる部分)」を探していくことが重要だと考えています。

 

例えば、自分の身体が大っ嫌いならこんな具合に思考を矯正していきます(認められる部分、長所を探す)。

・他人にボロクソに言われまくられている、気にくわないと自分の身体の中でも、「指先だけはまぁまぁ悪くないと思うんだよね」みたいに、自分を今よりほんの少しでも肯定できる部分を探す。足の裏でも構わないし、手の甲でもいいし、肌の質でも何でもよい。

 

重要なのは100点の部分を探すのではなく、50点前後くらいの平均点くらいは取れてるよね!っていう微妙な肯定感です。100点を求めない。平均点、普通でいい。特別にならなくてもいい。ありのままの自分を認めて、受け入れること。完璧主義は鬱の元になるので気をつけてください(筆者経験済み)。

 

「私、ガチで劣悪ではないじゃん。むしろ普通じゃんか」くらいで全然オッケー。
「屋根のある家に寝れてる自分、ホームレスよりマシな生活してるじゃんか」
「食べ物に困っていない自分、まぁまぁだよね」
「見た目は悪いけど、思想とか価値観はそこそこ評価できると思うんだよなぁ」

こんな感じで、「他人はあぁ言うけど、現実的に見たら自分はまぁまぁ悪くはないじゃん」って思えるポイントを探していくのですが、実はそれは何でも良かったりします。
自分にはわかっていない(見れていない)だけで、自分には素敵な部分がいっぱいある。まずはそこに気づいてあげることが大事なんですよね。

声でもいい、毛先でもいい、優しさでもいい、動物が好きでもいいし、イラストや本が好き、思慮深い、ぽっちゃり体型で人当たりがよい、手先が器用、記憶力がいい、真面目、言われたことはしっかりこなす…等々、マジでもう本当に何でも良い。

このとき、優劣はつけない方が良いです。競争じゃないですから。

 

こういった感じで、他人の評価ではなく自己評価で自分を判断していき、ありのままの自分でもまぁまぁ悪くないんだな〜っていう紛れもない事実を、脳に染み込ませていく。
なりたい自分、憧れの自分に「成る」んじゃなくて、本当の自分で「在る」ことに生きる意義を見出していく。
そうすると、誰とも争わなくて済み、自分らしいライフスタイルが見えてくるのではないか、と僕は考えています。

自分の不幸脳を徐々に幸福脳に仕上げていき、他者から言われた幻想を現実的な評価として変換し、それを肯定的に自身に投げかけ、今より気持ちも生活も楽にしていく。

これがマイライフの原点になり、不幸脳を幸福脳に近づけていく方法になる、と僕は思っています。

 

_______

まとめ

 

幸せな脳を作っていくベースとなるのは、自分自身に対する解釈をマイクロレベルでいいから、日々見つけて肯定してあげることです。まずは自分を大切にしてあげること。

ガッチガチの不幸脳になってしまっている人は物事に対する認識が歪みまくってしまっていると思われますので、それを矯正するところから始めると良い結果が生まれてくるかもしれません。

あと、メディアや友人、社会の声を信じ切ってしまっている純粋な心の持ち主ほど、外部の意見を鵜呑みにしてしまいがちです。
まずは「彼らはこう言ってるけど、現実的には自分ってどうなんだろう」と、自分に対して正しい認識をするところから始めていくとよいでしょう。
彼らの言っていること全てが正しいわけではありません。むしろ間違っていることの場合が多かったりします。

メンタル的に落ち込んでしまう人、うつ病等になってしんどい思いをしている人は、自分が気づかないうちにいつの間にか「不幸脳」になってしまっていることに気づいていないことがあります。
何だかメンタル的にイライラしていたり、落ち着きがない生活になってきているなら、それは本来の自分と調和していない兆候だったりするので気をつけてください。

「朝、気がついたら身体が動かなくなっていた」なんてことにならないように、自分の思考に歪みが出ていないか、日々自己管理をしてあげたいものです。

 



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