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ヒロ内藤さんがユーチューブで活動をスタート。「なぜルアーを使って釣るのか?」を考察。

あのヒロ内藤さんが、ユーチューバーデビューをしたようです。

 

HIROism STATION

 

「ヒロ内藤さんって誰?」という方にざっと説明すると、ヒロさんはアメリカのルアーメーカーに勤務されているバスフィッシャーマンです。 ジャーキングを村田基さんに伝授したり、日本でもバサー向けのセミナーを開いたりするなど、結構な著名人。

僕もフィッシングショーで何度もお世話になったことがあるので大好きw さて、そのヒロ内藤さんが1番最初に投稿した動画がコレ↓。

 

 

この動画の中で「なぜ、バスを餌ではなくルアーで狙う必要があるのか?このことについて、一度よく考えてみてください」というコメントをしています。

動画を観覧していて、そういえばその点について深く考えてみたことがなかったことに気がつきました。 何とな〜くルアーを巻いてるのが楽しいから始めたバスフィッシングですが、さて、なんで魚を釣る手段が”ルアー”であることに僕たちバサーはこだわっているのでしょうか?

 

 

_________

 

最近はフィネスの釣りに走っている僕なのですが、2インチや3インチの小さなワームを使って釣っている自分に疑問を抱くようになってきました。 「コレ、もう餌でやったほうが早くね?」と、薄々感じてたのです^v^;

こんな小さなエサ同然のルアーで釣るのは、何か自分の中では「ルアーフィッシング」からかけ離れていってるんじゃないかなぁ〜なんて思ったり。 レッグワームのダウンショットで釣るよりも、ちょっとデカいような”餌”とはかけ離れたルアーで釣ったほうが達成感があるんですよね。

 

ただ釣るだけなら生き餌のほうが効率的だし、ゲット率も高い。

餌の方がルアーより安いし、わざわざ苦労してルアーに食ってくる魚を探す必要もない。

ルアーに食ってくる魚の数なんてたかが知れている。

ただ魚が釣れればいいのか?ただ魚が釣れればいいのなら、なぜ餌を使わないでフィネスで頑張るのか?

なぜ僕たちバサーはたくさんの労力をかけてまで”ルアー”で釣ることにこだわるのでしょうか?

 

 

色々と考えていたとき、ふと村田基さんの言葉が頭をよぎりました。

 

「セコ釣りで釣っている人は”釣れれば何だっていいや”と思ってるんじゃないですか?」

 

確かにその気持ちは僕も少なからず持ってる。

2インチだろうが3インチだろうが、ルアーはルアー。「釣れればいいんじゃー!」ってな具合に、魚を釣る手段が「ルアー」というカテゴリに入っているものであれば、もう何だってアリになっちゃってる。

2インチの虫ワームで40アップ、50アップを確実にしとめる。 コレもちゃんとしたルアーフィッシングの形ではあると思う。 でもそこには”ロマン”とか、期待感・高揚感みたいなものが僕の気持ちの中では薄いことに気づき始めています。

 

フィネス系ルアーを使っている自分は、獲物を確実に仕留めるハンターみたいな気分になっていて、「ソコに居る魚はどんな手段を使ってでも獲る」みたいに必死になっている。心に余裕なんてない。

もちろん、釣れたら釣れたで凄く嬉しいし、そこそこの達成感だってある。 でも心の片隅には「俺、何やってんだろう」っていう切なさも感じている。 そういうときにデカいワームとかジグ使ったり、ハードベイトでオラオラやってみたりすると「やっぱルアーフィッシングってこれだよね」と実感したりする。

 

要は「餌とは似つかないヘンテコでオモチャみたいなものを使って、魚を釣る」って部分が、僕の中でのルアーフィッシングをする理由であり、達成感を得るための原動力なんだと思う。

「こんな変なオモチャみたいなもので魚が釣れるの!?」っていう、ある種のロマンというか、非現実的な行為に心惹かれるのかもしれません。

 

こういう信念を軸にしつつ、↓みたいな取り組み方になっていければ、フィネスフィネスでマンネリ化した自分のバスフィッシングを打開できるんじゃないかと思った。

 

「自分のゲームで1本釣れれば、勝つとか負けるは関係ない」

 

 

 



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