-まいんどくえすと-

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雑記:「成功、人気、地位」なんて気にしてない頃の方が幸せだった。

最近はYouTubeに演奏してみた系の動画とかの演奏動画をアップしている。
何年かのブランクがあってまた音楽活動に取り組んでみているけれども、機材関係は(僕が現役だった頃から)10年も経過するとかなり進歩していた。

楽器店でギターシュミレーターを試奏してみたけど、昔みたいにスッカスカでしょぼいデジタルチックな印象はかなり減っていた。むしろヘタッた安いアンプにマイクを向けて録音するよりも、現代のアンプシュミレーターの音のほうがよっぽどハイクオリティだと感じた。

これは僕が最近買ったシュミレーター GE200っていうやつ。あまりにいい音だったんで、記念に録音してみた。

 

また、時代の流れと共に音楽の在り方も変わってきているように思う。
楽器店の店員が「今の時代は演奏動画アップしたり、カッコいいMV(ミュージックビデオ)撮って、それをいかに効率よくSNSで拡散させるか…みたいな時代ですね」と言っていた。

 

僕としてはこの類のビジネス的な戦略は苦手とする方なのであまり理解はできないし、何だか合理的すぎて寂しい印象を受ける。
かつてライブハウスであった「お客さん、ファンとの直の触れ合い、ライブ感」みたいなものが薄い、と言えばいいのだろうか。

でも逆に、優秀だけど機会に恵まれなかった新たな才能が発掘されやすいっていう面もネットの音楽活動のメリットではある。よくわからないけど。

僕もまた久しぶりにTwitterを始めてみたけれども、やはり何か性に合わない。上手に扱えない自分がいるし、上手に使いたくない自分がいる。SNS、インターネットに振り回されてる自分が気にくわない。

でも便利だから使う。結局はこのループ。

 

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「いかに”いいね”を得るか。いかに再生数を増やすか」みたいな方向に意識が行き過ぎると、そもそもなぜ自分が音楽をやっているのかっていう根本的な部分を見失っていくと思った。
ここ最近はYouTubeに演奏動画をアップして再生数をやたら気にしているが、「そもそもなぜ自分はギターを弾いているのか?」という部分を見失っていることに気がついた。

 

今から10年ほど前、僕がプロのミュージシャンを目指していた頃は、社会的な地位だとか、金銭的な成功・物質的な成功を夢見ていた(と思う。”売れたい売れたい”と口にしていたしw)。
では、今現在の僕はどうだろうか?と考えてみると、心の奥底に「他者に認められたい」という強い承認欲求が渦巻いていることに気がついた。

 

結局のところ、プロのミュージシャンになりたかったのも、売れっ子の俳優・声優になりたかったのも、「好き、やりたい」という情熱に突き動かされていたからではなく、「他者からの人気を得られるから」という欲望の元に活動していたんだと、最近になってわかった。

ただ、ギターが好きという気持ちは今もそれほど変わっていないように思う。本格的な音楽活動をやるのは気持ち的にもうしんどいけれども、個人的な趣味としてテロテロとギターを楽しむなら、それはそれでアリなのかもしれないな…と思った。

 

承認欲求に振り回されるとろくなことにならない。
だって他者が自分に下す評価なんてコントロールできるものではないし、そんなものは全てアチラの物差し次第で決まるんだから。コントロールできないものにアレコレ構って苦悩するくらいなら、他者が自分に対して決める評価なんて放っておいたほうが身のためなんじゃないか…と思っている。

 

 

「売れたい、人気者になりたい、成功したい、金持ちになりたい」

 

こういった欲望、承認欲求に振り回されていなかった学生時代の頃のほうが、今よりよっぽど幸せだったんじゃないか
ネット社会にウンザリしたり助かったりを繰り返しながら今を生きているわけだけど、幸福度的な目線で見ると、「成功」など考えずに好きなことをマイペースにやっていた頃のほうが幸せだったと思う(収入、社会的な地位、保守的な行動…こういうものに縛られすぎてしまうと、「俺なにやってんだろ…」と虚しくなっていくカンジ)。

 

これはなぜなんだろうかと考えてみると、結局のところ、SNS・ネット社会から来る競争化社会に巻き込まれちゃってるから苦しくなっちゃってるんだろうなと。
友人や知り合いが活躍してる光景なんてリアルタイムで目についちゃうから、必然的に競争しちゃうよね。「ムムっ!あいつ、人生が幸福そうじゃねえか!負けてられねぇ!」みたいな。

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負けず嫌い、劣等感強い人なんかは、もう気持ちがショボショボになっちゃう。「みんな上手くいってるのに…何で私ってダメなんだろう」と、ズブズブと沼にはまっていく。そして、そういう人たちを自己啓発系の教祖がかっさらっていく…。

たぶんこの世は全体的に、経営戦略で形成されてる。この世はビジネスで形成されている。

ファッション業界の流行色なんて3年先まで決まっているらしいし、「流行」なんて結局のところは人工的に作られた”ニセモノのホンモノ”でしかない。

嘘ばっかり。この世界は嘘ばっかり。嘘とビジネス、損か得か。ビジネス的な空気になってる現代社会なんてクソくらえだな、と思う。
くだらない世界だよな、とすげー寂しくなるけど、これが現実ってやつなんだろうね。
僕はバカだし夢見がちだから、ようやく現実に気が付き始めてきた。

 

こんな虚しいし冷たい現代社会だからこそ、その中で

自分がどう在るか(存在するか)

って部分をしっかり持っていくことが大事なんだろうな、と思った。

自分はこの世界とどのように関わっていきたいのか?

みんなはあんな風に言ってるけど、自分はその中でどう生きていきたいのか?

自分の価値観は何か?

他者が自分のことをどう見ているか?」ではなくて、自分は自分のことをどう思っているのか?

 

これがしっかりしていないと、何でもかんでもすぐに他者の言いなり、世間の流れに飲まれて自分がわけわかんなくなっちゃう。世間に食われちゃうな、と感じてる。

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実際のところはソイツも裏でめちゃくちゃ苦しんでいるし、僕らが普段目にする”つぶやき、写真”なんていうのはソイツの人生の氷山の一角でしかないわけで。
99%苦しい生き方をしてるのに、残りの1%だけを切り取ってSNSにアップする。まるで「俺はこんなに充実しているんだぞ」とセルフブランディングするみたいに。
こういう戦争に巻き込まれちゃうと、自分本来のライフスタイル、性格を見失う。

どこかで僕たちはネットに競争社会から抜け出して、シラフに戻らなきゃダメだ。

 

ギターの活動(?)をやればやるほど、何だか”自分”が見えてくる不思議。



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