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憂うつな気持ちを一発で変える方法がある。認知の歪みについて。

今から4年ほど前にうつ病を経験した。
今では相当回復しているけど、当時は相当辛かったことを今でも思い出す。

「もう二度とうつ病になんてなりたくない!」とは思っていたが、どうしてメンタルをやられてしまったのか、今でもハッキリとした原因はわかっていない。

まぁ一般的に言えば、ストレスだとか自己嫌悪、自責の念とか自分を追い込みすぎるのがうつ病になる原因とは言われいる。
僕自身も前に働いていた職場で鬼のように頑張りすぎていた(自分ではわからなかったくらい)ようで、ある日の朝、急に身体が動かなくなった。

あれから4年。
僕はあの経験から何を学んだのか?
同じことを繰り返さないため、何に気づき、何を変えて、あるいは何を受け入れなければならないのか。

かれこれ4年考え続けて試行錯誤していたが、ちょっと前にフと思ったことがある。

「たぶん、人の心を苦しませている原因は、”認知のゆがみ”のせいだ」

ずっと前に読んだ精神疾患について書かれている本にも書いてあったことだけど、「うつ病になる原因は、認知がゆがんでるからだ」みたいなことあ書いてあった。
でも、当時読んだときには自分ではイマイチ腑に落ちなくて、全てを理解しきれなかった。
でも今、ようやくその意味が(まだ何となくだけど)わかったような気がする。

本とかネットとか、そういう情報だけを頭にインプットしたからといって、「どうしてそうなるのか?」が腹に落ちなければ、深いところまで何かを理解することなんてできない。
自分の身体で感じ、考えて試行錯誤しないと”何か”を身につけて理解することなんてできないんだな…と、痛いほど実感している。

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【妄想と現実とのギャップ】

人は生まれてから大きくなるまで、たくさんのことを学んで記憶する。
0〜3歳までに記憶したことは、その子供の今後の人生を大きく左右するものであると、どこかで聞いたことがある。

幼稚園に入学し、成人を迎えるまでにたくさんの人から何かを学ばされる。
それは両親であったり兄弟であったり、学校の教師や同級生、先輩や後輩等々、実に多くの人と触れ合って何かを学ぶ。
また、映画や音楽、ドラマやマンガや動画、ネット情報や雑誌にも影響を受ける。

こういった実にたくさんの事柄を含めて、それらを頭や心でごちゃごちゃとこねくりまわして、そんでもって成功したり失敗したりしながら、「自分」という人間が形成されていく。
そして、そういうことを「勉強だから」とかいう理由で、親や教師からほとんど”洗脳”のような形で、子供たちの深層心理の奥深くに刻み込まれる。

この「刷り込み、洗脳、思い込み」ってのが、「認知のゆがみ」を引き起こすんだろうな、と感じている。
現実の”事実”と、自分が勝手に解釈して判断した”妄想”にギャップが生まれて、心が苦しくなっていく。

これが、認知の歪みの正体。

現実と、自分の思い込みや観念に差がありすぎると変になるって感じ。

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【認知のゆがみが起きる理由】

最近僕が思ったのは、少年誌のモットーとか、学校で無理やり評価されるシステムからも、僕たち人間は「刷り込み、洗脳、思いこみ」みたいな形で、今でも僕らの心を苦しませている可能性があるんじゃないか…と考えたりもしている。

・誰かに”勝つ”ことは素晴らしいことである。

・誰かに”負ける”ことは悪である。

・友達のために自分を犠牲にすることは、とても素晴らしいことである(会社のために自分の身体を犠牲にすることは正しいことである)。

・男は仕事で優れた業績をあげなければならないし、それができない人間は未熟である。

・孤独な人は寂しくて残念な人間であり、ダメな人間である。

・人から嫌われて孤独になることは悪である。

…等々、これらは完全に僕の主観なんだけど、漫画の少年誌とかに思いっきり影響を受けて育ったので、こういった思い込みがめちゃくちゃ強いてことに気がついた。

「クラスの目立たない奴が何かしらの才能を持っていて、努力してその才能を開花させる」みたいなストーリーは少年漫画の王道。
目をキラキラさせながらこういう漫画を読んでいて、「僕もこんな人間になりたい!いや、ならなきゃダメなんだ!」と思って今日まで生きてきたんだと思う。

自分が実は平凡な人間であることを受け入れられず、「どこかにまだ自分が気づいていない才能とか、適正のあるものがあるんじゃないか」と、自己啓発にハマったりしたこともある。

「俺は主人公なんだ!このまま何の成果も出せずに失敗して人生を終えるのなんてあってはならない!成功しなければならない!」

これが、長い間自分を苦しめていた”思い込み”だったことに、つい最近気がついた。

だからもし、僕たち人間が「心からの自由と解放」に気付くには、こういった「思い込み、妄想、洗脳」に気付き、それらのギャップを訂正していくのがいいんじゃないかな、と最近は思っている。
それが「経験値」ってものになり、自分を成長させるのかもしれないね。

まぁ、僕の場合は思い込みが激しいタイプだし、現実と理想や妄想がごちゃまぜになってしまいやすいタイプだから、漫画とかアニメを観るときは割り切ってみなきゃいけないなーと^v^;

「入り込みやすいタイプ、影響を受けやすいタイプ」の人は、外部の刺激的なものに接するときは、「これは創作物であって、現実とは何ら関係ないものである」と意識するといいかもね。

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【認知療法】

こうした「思い込み」と「事実」の確認作業をすることを「認知療法」っていうんだけど、これはかなり地道にやってかなきゃならない。

自分の中で疑問や苦しみ、モヤモヤが生まれたら、イチイチやる。
かなーり面倒くさい作業だし、根気もいる。
でもやってみると、心が楽になっていくのがわかる。

キーとなるのは「事実だけ抜き出す」ってこと。
そして、事実と自分の思考を照らし合わせて検証する。
見逃せない現象が起きたら、客観的事実だけ観る。

心がモヤモヤしたら…

・私はこう思っている。
・でもこういう現象が起こった。
・事実としてあるのは、○○ということだ。
・私は○○と解釈(判断)した。
・さて、私の解釈は単なる思い込みか?事実とのギャップがあるのではないか?
・な〜んだ、私の思い込みじゃーん。(やっぱり私の考えは当たっていた!)

…みたいな作業をする。
めんどくせ。すっげーめんどくせ^q^
でもこれが、脳と心を楽にしてくれる。
慣れないうちはゲーム感覚で取り組んでいくとわかりやすいかも。



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